誰に何を?
最後の言葉

どんな言葉?

誰に言いたい?

以前、このエッセイで「最期の晩餐」というのを書いた。「最期の食事を指定できるとしたら何がいいだろう?」という内容だ。
くだらないと言えばくだらないのだが、でも、病気になったら食べたい物が食べられなくなるかもしれないし、人生の一番最後の食事は、一番大好きなものを食べた方が幸せだと思うのだ。

今回は、食べ物ではなく「言葉」を考えてみた。
人生の一番最後には、一体どんな言葉を誰に対して言いたいだろうか?


自分があとどのくらい生きるのか見当もつかないが、言いたい言葉として思い浮かぶのは「ありがとう」
誰に対してというのは今はまだハッキリとはわからない。
大きい意味では、私の人生の中で私に関わってくれた人全て・・・かな。
その人達のお陰で私の人生が形成されたわけなので。
人は皆、1秒1秒人生が終わる瞬間に向かって生きている。と言うことは、大げさな言い方かもしれないが、時間というのはその人の命そのものである。その大切な時間を私のために使って関わってくれたのであるから有り難い。

小さい意味では、その時に目の前にいてくれる人に対して。誰がいるのか、あるいは誰もいないのか、今はまだわからないが、もし、私のそばに誰かいてくれたとしたら、その人に「一緒にいてくれてありがとう」と言いたい。

誰もそばにいなかったら・・・それはそれで言う相手がいないので仕方がないが、心の中で言うことにする。対象は両親。両親が先に亡くなっていたとしても、「育ててくれてありがとう」と心の中で言いたい。
もし、病院で死ぬのであれば、お世話になったお医者さんや看護士さんに「お世話になりました。ありがとう」と言いたい。

それから、友達にも「こんな私と友達になって、長い間付き合ってくれてありがとう」と言いたい。色々な悩みを相談したりして、迷惑もかけたけれど、それでも友達でいてくれたことに感謝。
仕事のこと等で助けてくれた人にも「ありがとう」。あなたにあの時助けてもらって、本当に助かりました。

「ありがとう。色々お世話になりました。そして、さようなら。」
そんなところだ。
理想的なのは、心の中でお世話になった色々な人に感謝のありがとうを言いながら、実際に手を握ってくれる人に対して、最後に「ありがとう」と言えるのがいいな。
それには、それだけの時間を取れるような死に方をしなければならない。自分で予定を立てることはできないけれど。
私の最後の時を手を握って見送ってくれる人は果たしているのだろうか?たぶん、それは自分の生き方次第なんだろう。

あなたは、人生の最後に言う言葉として、どんな言葉が思い浮かびますか?その相手は誰ですか?


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