私にも聞いてよ
生きる選択肢

本人そっちのけ

子供だって人格あるし

私は、7歳の時、食道静脈瘤が破れて入院した。 最初は小児科にいたのだけれど、手術をすることになって、外科に移動した。
手術をするかどうかという時に、先生と親が話をして決めたわけだが、この時、本人である私の意見は誰も聞いてくれなかった。当時「何故?」と思ったのをよく覚えている。「だって、7歳でしょ?そんなもの、話をしたってわかるわけないじゃない。」ということなんだと思う。

でも、そんなことでいいのだろうか?子供だって一人の人間であり、日々、目の前の出来事について考え、それなりに「このことについてはどうしようかな?」と判断したりしているのだ。そういう意味では、別に大人とさほどの違いはないように思う。
幼稚園でのお友達関係で悩むのと、会社の人間関係で悩むのと、基本は同じなのではないだろうか?

子供は、大人が思っている以上に結構大人と同じなのである。「小さいから難しいことを話してもわかるハズがない。」という簡単な理由で、「親に説明すればそれで良い。」という結論を出すのは止めてもらいたい。

先生や親が話し合って治療方法を決めても、その結果について誰も責任を持ってくれるわけでもなく、私の代わりに私の人生を生きてくれるわけでもない。私の人生は私しか生きられない。
だとすれば、どのような選択肢があるのか、本人に教えて選ばせるべきだと思う。どのような人生を送るのか、それを選ぶ権利は本人にあるから。

でも、当時の私に伝えられたのは、「○月○日、手術だからね。」という結果報告のみ。その時私は「え?なんで?なんで勝手に大人達だけで私の体のことについて決めちゃっているわけ?私の考えは?私の気持ちは?受けるのは私だよね?」と思ったのを覚えている。かなりハッキリと記憶している。
「子供だと、自分にとって大切なことも、全部本人ぬきで大人が決めちゃうんだ。納得できないなー。」と思ったものだ。
でも、当時はそれを言葉に出すことはできず、「うん。」とうなずいただけだった。

子供であっても、1個の人格のある人間なので、「言っても仕方がない。」と決めつける前に確認してもらいたい。そこで「わからない。」という返事が返ってくれば、その時は「じゃあ、お父さんやお母さんにお話をして決めてもらっていい?」と言えばいいのではないか?そういう流れなら、本人も親が出した結果に納得するだろう。
「そんな命にかかわる重大な問題を、子供に決めさせてどうするんだ?」という意見もあると思う。でも、重大なことだからこそ、本人に今自分にどんな事が起こっているかを知らせないと、後で「自分がこうなったのは親のせい。」という思いが残るかもしれない。いくら親が「あなたのためを思ってそうしたんだよ。」と言っても、それは親が考える「あなたのため」であるので、子供本人の希望とは一致しない場合もある。一致しない場合は、「これが一番良い方法だよね。」という選択を家族で納得できるように話し合いで出すのがいいと思う。

7歳の時の私は「ちょっと!私にも聞いてよ。」と言いたかった。
子供は結構大人である。


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