| どこで決まるんだ? |
不治の病 |
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☆感じ悪い
治ったらどうしてくれる? |
| 「不治の病」という言葉がある。 字のまま意味を考えれば「治らない病(やまい)」となる。 「治らない」って何だろう?体の中から、その病気の原因がなくならないってこと?それとも、症状がずっと消えないってこと?いずれにしても、この言葉の響きはあんまり聞いていて楽しいものではない。 ある日、「あなたは病気です。」と言われたとする。これだけでも、あんまり気分は良くない。なので「あなたは不治の病に冒されています。」と言われたら、もっと気分は良くない。「不治のって何?」と思う。誰の決定事項なんだ? 病気があるより健康な方がいい。痛いところや苦しいところはない方がいい。上手く動かないところがあるより、全ての体の機能がスムーズに動く方がいい。病気になんてならない方が毎日元気に快適な生活ができる。それはみんなそう思うだろう。現在病気がある人だってそう思う。 でも、そうは言っても病気になる。病気になった時に「治りませんよ。」と言われても困る。治らないって言い切られると、手を抜かれているようでなんとなく気分が悪い。 そもそも「これは不治の病」、「これは不治の病ではない」って、誰が決めているのだろう? 厚生労働省では、「特定疾患」というものを指定しており、その条件として@希少性(5万人未満)、A原因不明、B効果的な治療法が確立されていない、C生活面での長期にわたる支障がある、という4点を挙げている。 特定疾患の中で認められたものについては、医療費が公費負担助成の対象となる。治らないと言われ、医療費が長期に渡ってかかるのであれば、助成金をもらうことができれば有り難い。そういう意味では「特定疾患」という言葉は必要で、それに指定されるということは、患者以外に家族にとっても大きな意味がある。医療という面において必要な言葉なのだと思う。 ただ、「特定疾患」でも助成の対象とならないものもあるし、「特定疾患」でなくたって莫大な医療費を払わなければならない人だっている。 「特定疾患」という分類をしただけでは片づけられないこともあるのだと思う。 いずれにしても、「不治の病」という言葉はやはり好きになれない。だって、「治らず」って、断言しているんだもの。この言葉の響きには、少しでも本人が快適になるにはどうしたらいいのか努力してみようという意欲が感じられない。初めからあきらめていない? 患者にとっては「不治」か「不治じゃない」かということよりも、今、体調が良く、快適な1日を過ごすことができるという方が重要だ。 癌で余命幾ばくもないと言われた人が、その後何年も生きたという話も聞いたことがある。人間の体とは不思議なものなので、もしかしたら、ある日、不治の病と言われた人の症状がなくなっているかもしれない。「あなたの病気は不治の病です。」と言われた後、万が一治ったらどうしてくれるのだ?言った方は「治って良かったじゃない。」でたぶん終わらせるのだろうが、言われた方は「無責任に治らないとか言わないでよね。」と思ったりする。 「治るか治らないか」が重要なのではなく、「今よりも少しでも良い状態に持っていくために最善の努力をする」のが重要なことなのではないかと思うのだが、どうだろう?違うのかなぁ。 |
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