病院が手芸教室に変身!
楽しい「暇つぶし」

あこがれのナースキャップ

手作りナースキャップ

このエッセイで何回も書いているけれど、入院生活はである。
勿論、遊びに来ているわけではないので、暴れ回るなんてことはもってのほかであるけれど、体調が良い時にじっと何もしないで時間の経過をただ待っているのは、結構苦痛である。
特に、子供の場合は、じっとしていろと言ってもなかなかできない。

私が子供の頃、今のように入院患者一人一人のベッドに1台ずつテレビが設置されているわけでもなかったし、パソコンが普及していたわけでもなかったので、どうやって時間を過ごすかということはなかなか難しいことだった。
看護婦さんは優しくお話してくれるけれど、お仕事をしているわけだから、そうそう患者の話し相手ばかりしていられない。そうでなくても忙しいのだし。

そこで私達子供の入院患者、いや、正確にはその母親達は、ある日、病室で工作をし始めた。作ったのは「ナースキャップ」。看護婦さんが頭につけているあのかわいい帽子である。

きっかけは、入院していたある子供のお母さんが、自分の子供のためにナースキャップを白い厚紙で作ったこと。そのお母さんは器用な人だったので、厚紙のナースキャップがまるで本物のように見えた。
作ってもらった子供は、喜んで自分の頭にのせ、「私、看護婦さんよ。」と言って得意げに私達に見せた。
周りの子供達(勿論、私も含めて)は、「わぁー、すごーい!本物の看護婦さんみたい。いいなー。」と羨ましがった。そして当然、自分の母親に「私もあれ欲しい!作ってー。」とおねだりする。
子供達のお母さんは、最初にそれを作ったお母さんにナースキャップの作り方を教わり、自分の子供に作ってあげることになる。
当然、私も母親に「作ってー。」と言った。うちの母親も、他のお母さん達と一緒に厚紙でナースキャップを作ってくれた。・・・が、うちの母親は、そんなにも器用な人ではなかったので、最初にそれを作ったお母さんのと、同じ代物ができなかった。何がいけないのかはよくわからないが、「何か」が違っていた。同じように頭にかぶっても、全然かっこよくもかわいくもない。何か形がいびつである。私は不満タラタラである。
「えー、何か違う!○○ちゃんのもっとかっこいいもん。あれと同じのが欲しい!」とわがままを言いたい放題。しかし、うちの母親も「あら、同じよ。看護婦さんに見えるわよ。」とのたまう。自分の不器用さは棚の上である。
それでも、あんまり私がうるさいので、母親はもうちょっとかっこよくなるように作り直してくれた。
少し「まし」になった厚紙ナースキャップを頭につけて、私は看護婦さんになった気分に浸り、ご機嫌である。

本物の看護婦さんが病室に来ると、「あら、看護婦さんの帽子かぶってるの?すごいわねー。」と褒めてくれた。
この時期、病室は「にわか看護婦さん」で一杯になった。図に乗った私達は、ただの白いキャップでは飽きたらず、マジックで横に黒い線を入れたりした。
横線1本は「主任さん」で、2本が「婦長さん」という印だ。子供達の中でも親分肌の子とおとなしい子と色々いたので、誰が婦長さんで誰が主任さんか、ちゃんと話合って決めていたように記憶している。病院の中の小さな世界でも、子供同士の決まりごとや人間関係が結構あるのである。
私は勿論「おとなしい子」であったので、横線2本入れたりはしなかった・・・。(1本は入れたかもしれない。はっきり憶えていない。)
どちらにしても、厚紙のナースキャップをつけて「私は看護婦さんよー。」と得意になっていたのは確かである。

その頃、看護婦さんのナースキャップは私達の憧れだった。だってあれは、看護婦さんしかつけられない物だから。

飾りで一杯!

金魚も泳ぐ?

ナースキャップ以外にも、病院で色々な物を作った。
ナースキャップの時は、小児科の病棟内の話だったけれど、他の科、内科や外科などには大人の人が入院している。
結構長く入院している人達は、やはりそれなりに入院生活を楽しくする工夫をしていた。
結構年輩のあるおじさんは、手先がとっても器用で、色々なものを作っていた。
リボンを上手く編んで金魚を作ったり、読み終わった雑誌を切り取ってある一定の形に小さく折り、それをいくつもつなげて船を作ったり、折り紙で小さな花の形の物を作ってそれをつなげて丸いぼんぼりのようにして、下に手芸用のカラフルな糸を垂らしてみたり。
そのおじさんと、おじさんに作り方を教わったと思われる人達のベッドの周りは、そんな工作物が沢山ぶら下がっていて実に華やかだった。(お医者さんや看護婦さんにしてみれば、治療の際非常に邪魔くさかったかもしれないが)

で、歩けるほど元気な時、例によって近場をちょろちょろ動き回っていた私は、当然そのおじさんのところに行ってそれらの作り方を教わった。私だけでなく、うちの母親も一緒に教わって、看病の合間に色々作っていた。
だから、私のベッドの周りも、あっという間に金魚や丸いぼんぼりみたいな物が沢山ぶら下がるようになってしまった。

あんまり根を詰めてやっては身体に悪いのでダメだけれど、楽しく暇つぶしができたことは今でも憶えている。あのおじさんに感謝である。
退院した後も、しばらくは作り方を憶えていたけれど、今ではすっかり忘れてしまった。残念である。1回やり始めればすぐ思い出すと思うんだけどなぁ。

昔は昔で、楽しい暇つぶしをするために工夫をしていたんだなぁと懐かしくなりました。


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