お金持ちのが特?
病気になるにも金がいる

おかしくないか?

非常事態なのに・・・。

病院に行くとお金がかかる。それはみんな知っている。ちょっと先生とお話をして薬をもらうだけなら金額は少なくて済む。
血液検査や、超音波検査等、何か検査をするとその分金額が高くなる。
入院すれば、治療代の他にベッド代もとられてもっとまとまった金額になる。
それはそれで、仕方がないことだし、大がかりなことをすればするほど金額が高くなっていくのもわかる。
病院といえども商売である。利益がなければ運営していけない。病院がつぶれたら患者は困ってしまう。だから、お金をとられることには別に異議を唱えるつもりはない。

ただ、私は、テレビ等で「難病で日本では手術が難しいので、海外に行って手術を受けることになった○歳の○○ちゃん。」とかいうニュースを見聞きする時、「善意の募金でやっと治療に必要な金額が用意できたため。」とか「お金を寄付して下さった方々にご両親は感謝されています。」とかいう話が出ると、何か「違うんじゃないかなー。」という思いにかられる。
何が「違う」と感じるかと言うと、「何ヶ月もかけて募金しないと集まらないような高額な治療費」を、いくら親だからと言って個人に負担しろというのは、これはちょっと、いやかなり無理があると思うのだ。そんな仕組みって何か「おかしいなー。」と思う。

今は日本の医療技術も進んできた。
昔では考えられない治療も受けることができるようになった。これはすごく有り難いことである。
しかし、日本ではどうしてもできない治療というものもまだある。そういう場合は、欧米の病院に行って治療を受けるケースが多いと思う。
海外で日本ではできないような難しい治療を受けるとなると、その治療にかかるお金といったら、とんでもなく高い金額(治療の内容によっては高額でなくて済む場合もあるかもしれないけれど)になってしまう。少なくても「何千万」の世界である。
ごく普通のサラリーマンが、一度に5,000万だ6,000万だのという金額をポーンと払うなんてことはまず考えられない。もし、その人が堅実に貯金をしていたとしても、そこまでの金額を用意できるというのはなかなかないと思う。
だから、例えば、すごく大変な病気ですぐに海外で治療する必要があるという子供を持った親は、必死にお金を集めなければならない。色々知人に頼んで、借りられるだけのお金を借りて、それでも全然足りないだろうから、沢山の人に事情を話して募金をお願いしたり。
でも、目標の金額を集めるということはすごく大変なことだし、時間もかかると思う。
それって何かおかしくないだろうか?

確かに、「それだけ大がかりな治療を受けたいのだから、それに見合う金額を用意するのは当たり前だ。」という意見はあるだろう。それは決して間違っていないと思う。
しかし、実際問題として、それだけの大変な治療の必要があるということは、その治療を受けないと本人の命が危ないということだと思うし、時間的にも半年以内とか、3ヶ月以内とか、今すぐにでもやる必要があるとかいう結構せっぱ詰まった状況が多いのではと思う。そんな時に、「6,000万円用意できないとダメ。」なんて言っていられないだろう。そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ。すぐに治療しないと命が危ないのなら、すぐ行うべきだし、医療というのはまず、「命を助ける」のが根本的な目的のはずなのだから。
金額がどうのと言って、必要な治療を必要な時に行わない、受けられないというのでは、これは本末転倒だと思う。

ごく普通に働いて、ごく普通に暮らしていて、それで払えないような特別な治療には、何らかの「助成金」のようなものがあってもいいのではないだろうか?
でなければ、特別な治療を必要とする病気になっても、大金持ちしか治せないということになってしまう。「貧乏人は病気になるな。」ということである。21世紀のこの時代に、そんな遅れたことを言っている場合ではない。
このなんだか納得いかない仕組みをなんとかしてもらいたい。それには、やはり「国」に動いてもらわないとダメかな?

私が、何億っていう大金持ちだったらなぁ。「これでどうぞ!」ってポンって出せるのになぁ。情けない・・・。


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