遊び場じゃないんだから
廊下は走らないで

廊下で遊ぶと危ないけれど

だって面白いんだもの

あれは確か私が7歳の時だったと記憶している。
ある病院に入院していたが、周りがみんな大人ばかりだったので同じレベルでお話する相手がいなくてつまらなかった。
そんな時、同じ病棟に私よりちょっと年下の男の子が入院してきた。たぶん、2歳くらい下だったのではないかと思う。
向こうも、私と同じように子供の話し相手がいなくてつまらなかったらしく、顔を合わせるうちに、段々話をするようになった。
私は人見知りする方だったけれど、向こうが年下ということもあってか、結構威張って「あーなのよ。こーなのよ。」と言っていた気がする。
向こうも私になついていて、暇な時(病人も検査等で忙しい時があるのだ)はいつも一緒にいるくらい仲良しになった。

ある日、病棟の廊下に使わないで置いてあった車椅子を見つけたその男の子は、「お姉ちゃん、あれに乗ろうよ!」と言った。
「車椅子」というのは、歩くのが大変な場合に乗るためのものであって、「乗ろうよ!」と言って乗る類のものではない。常識的な感覚を持ち合わせていた私は、「だめよ。それは遊び道具じゃないんだから。」とお姉さんらしく注意してあげた。
しかし、その子は「いいじゃない、少しくらい平気だよ。お姉ちゃん乗ってみなよ。僕が押してあげるから。」と引き下がらない。
私は「えー、でも・・・。」と言いながら、「ちょっと面白いかも。」という気持ちが出てきて、「そんなこといけないんだ。」と思いつつ、「早く早く。」とせかされると、抵抗する力もなくなり勧められるまま車椅子に座ってみた。
人が、悪いと思いながら「ちょっとだけ・・・。」とか「1回だけ・・・。」とか言い訳をして、誘惑に負けてしまう、あのパターンである。
一体、私の「常識的な感覚」はどこへいったのか・・・。
「いくよー!!」と言った男の子は、思い切り車椅子を押して病院の廊下を走った。
年下とはいえ、やはり男の子なので、車椅子はすごく速く(その時の私にはそう感じられた)走って行き、私は「きゃー!」とか叫びながらケラケラ笑って喜んでいた。さっき「ダメよ。」と言っていたのは何だったのか。
自分は座ったまま、ビュンビュン風を切って椅子が動くのは、なんだか気持ちが良くて「きゃー、楽ちん、楽ちん。すごーいすごーい。」と思いながら二人で廊下を走り回っていた。
時々交代して押したけれど、私が押すとスピードが遅い。やはり押してもらう方が良い。

そんなに元気があるならば、二人とも入院する必要がないのではと思う。病院とは病気を治すところであって、遊び場ではない。まして走って歩くなんて以ての外である。
当然、看護婦さんに見つかり「こら、そんなことしてたらダメでしょ!」と怒られた。怒られてすぐに止めた。でも、あの風を切るようなスピード感というのは病院の中では普通体験できないものなので、「面白かったねー。気持ちよかったね。」と二人とも興奮気味である。
あのような体験は、病院内ではあれ以来ないと思う。貴重な思い出である。
しかし、やはりいいことではないので、マネはしないように。転んだり、人にぶつかったりすると危ないので廊下は走ってはいけません。

会いたかったな

ごめんね

そんなこんなで色々悪さをしながら暇をつぶしていた二人であったが、しばらくするとその男の子は退院してしまった。命にかかわるような重大な病気ではなかったらしい。
一人になった私はひどく寂しい。仲が良かっただけになおさらである。
と、そのうち手術する日が来て、寂しいなんて言っている場合ではなくなった。恐怖と不安の日々である。
手術が終わって個室に入っている時、あの男の子がお見舞い(勿論、お母さんと一緒)に来てれた。でも、その時はまだ、面会謝絶で人と会うことができなかったので、うちの母親が応対に出て謝っていた。その時の声が部屋の中の私にも聞こえていた。
「ごめんね。せっかく来てくれたのに。今日は会えないのよ。お姉ちゃん、ちょっと具合が悪いから。もう少し元気になったらまた来てね。」とか言っていた。でも、相手は子供なのでいくら「会えないのよ。」と言っても「やだー!」と言って聞き分けない。それでもその子のお母さんが「また来ましょうね。」と言って無理矢理連れて帰っていったのを憶えている。

私の病室の前から離れる時、その子が「おねーちゃん!おねーちゃん!」と大きい声で私を呼ぶ声が聞こえてきて私もつらくなった。会いたいな、顔を見るだけでもいいのになと思った。ごめんね。私も会いたかったよ。
結局、その男の子とはそれっきり2度と会うことはなかったけれど、つかの間、仲良しでいてくれたことに感謝しているし、良い思い出だったと思う。
今、どんな男の人になっているのであろうか。

それにしても、やはり病院ではあまり走り回ったりしないように。


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