不安で恐い時にすること
心の栄養

突然くる不安

え?ちょっとまずいかも

例えば、会社の定期健康診断で、「再検査」するように言われたら・・・。これは本人としてはちょっとショックであろう。「再検査」が必要ということは、何かが「ひっかかって」しまったからだ。つまり、「病気かもしれない可能性があるので、もっと精密な検査をして下さい。」ということになる。
検査を受ける前は、大体において「どうせ何にも出ないさ。」と思っており、「何でもない」ことを確認するために検査を受けるくらいの気持ちだった。が、実際に受けてみたら「再検査」と言われた・・・。これは思っていなかった結果なだけに結構カウンターパンチであろう。「病気かもしれない・・・。どんな?もしかして癌?手遅れとか・・・。死ぬんかな?」そんな風にどんどん悪い方へ考えがいってしまい、どんどん不安が大きくなってゆく。

まだ、「決定的」な宣告を受けたわけではないので、そんなに落ち込んだりする必要はないのであるが、考えないようにするのはなかなか難しい。あまり先走って色々考えると、悪くなかった体の調子が本当に悪くなることだってある。なので、そんな風に「不安が一杯で恐くて仕方がない時」には、落ち着いて、気持ちをリラックスさせる方向に自分をコントロールしなければならない。どうやってリラックスさせるか・・・。心にちょっと栄養をあげてみてはいいのではと思う。

では、「心の栄養」とは何だろう?すごく疲れたり、傷ついたりした心が少しずつ元気になっていくもの。それが「心の栄養」じゃないかなぁ?人それぞれ内容によって違うかもしれないけれど、自分の心が欲しがっている栄養を毎日ちょっとずつあげていれば、大きなショックを受けた時も、ダメージは少なくてすむと思う。

どんなもの?

例えば、音楽

心をリラックスさせる・・・。
そのひとつの方法として、音楽はいかがであろう?
自分が一番気に入っている「お気に入りの曲」を繰り返し聴く。これで少し「良い気分」になる。
アップテンポな曲ならば、リズムに乗って身体を動かすのも良い。
静かな曲ならば、楽な姿勢で目を閉じて、ゆっくりとその曲が心にしみこんでいくのを感じてみると良い。(この場合、目を閉じたまま眠ってしまう可能性あり。その時はその時でいいか)
きっと、少しずつ心が落ち着いてきて、穏やかな気持ちになれると思う。
「癒し」と呼ばれる曲を集めたCDもあるようなので、そういうCDを買ってきて聴くのもひとつの手である。

例えば、本

「言葉」というものは、自分の気持ちを誰かに伝えるための手段のひとつである。
心が弱っている時に、そっと語りかけて包んでくれる言葉がある。
そんな暖かい言葉がつまった本を買って、その言葉のひとつひとつを心の栄養にしてみよう。かなり復活してくると思う。
ここで注意してもらいたいのは、「推理小説」とか「恋愛小説」とかは選ばないということ。
「殺人事件」「裏切った」「別れた」だの、気持ちが殺伐としたり恐くなったり、悲しくなったり寂しくなったりするような内容が書かれているものを選んでしまうと、「心に栄養」どころか逆効果になってしまう。
なので、「物語」は選ばない方が良いと思う。あくまでも、「心が暖かくなるような言葉が沢山つまったもの」を選んで欲しい。
そんな本を読んだら、きっと「落ち着いて。大丈夫だよ。」という声が、自分の中から聞こえてくるかもしれない。

例えば、食事

人間、やはりお腹が空いているとイライラしやすい。また、気持ちが弱くなりやすい。心配事がある時は、まず「体力」をつけてそれに立ち向かうべし。そのためには、ご飯をきちんと食べなければダメである。栄養のバランスを考えて食事を摂るのは基本だが、自分が「好きなもの」を食すのが効果的(といって、バカ食いしろと言うのではない)だと思う。
自分の好きなものを食べると、それだけで「おいし〜い!」と、幸せな気分になる。たとえそれが瞬間的な喜びだとしても、「あー、美味しかった。」という満足感が得られるので、嫌なことを少しの間忘れることができる。

例えば、お散歩

あんまり寒い時は外へお散歩という気分にはなりにくいが、お天気の良い日、ちょっと外へ出てみると、それだけで気分が変わる。
空を見て「あー、雲の形が変わったなー。」と季節の移り変わりを感じたり、スーッと顔にあたる風を心地よく感じたり、ふと道ばたに目をやって「お、蟻だ。」と感動・・・はしないまでも「蟻も一生懸命生きてるんだなー。」と思ったり。
そんなことをしていると、先のことはともかく、今、この瞬間に自分が生きていることを感じることができる。自分が生きていることを確認することは、結構大切なことだと思うよ。

例えば、おしゃべり

おしゃべりというものは、楽しいものである。特に女の人はそうであろう。私はずっと、「自分は無口」と思っていた。が、最近それが大きな間違いだと気づいた。
私はかなり「おしゃべり」である。自分の中の言いたいことを順を追って全部話さないと気がすまないのだと自覚した。
よくよく考えてみれば、子供の頃も仲の良い子とはペチャペチャおしゃべりしていたし、私は結構「おしゃべり」だ。
くだらない、他愛のないことばかり話していたとしても、誰かと言葉を交わすということは、ストレスの発散になると思う。
なので、ちょっと気持ちに余裕がなくなった時は、誰かとくだらないおしゃべりでもしてみたら?

心にある不安がどうしても大きくなってしまったら・・・。
これは、くだらないおしゃべりだけでは解決するのは難しい。
その場合は、自分が本当に心から信頼している人に、自分の中の不安を正直に話してみてもいいんじゃないかな。
弱い自分を見せるのは、勇気が必要かもしれないけれど、たまには自分の弱さを誰かに見せてもいいと思う。だって、誰だって本当はそんなに強くはないから。
病気に対する不安は確かに本人にしかわからないけれど、誰かに気持ちを聞いてもらうことで、「今、私はひとりではない。」ということを感じることができる。世の中でひとりぽっちではないことを感じることができる。「自分の気持ちなんて、人にはわかってもらえない。」とあきらめないで、ちょっと誰かと話してみたら、きっと少し元気をもらえるよ。
その時に気を付けること。それは、話す相手を間違えないこと。ただ無責任に「気にすんな。大丈夫さ。」とだけ言う人だと、「やっぱりわかってもらえない。」と、かえって落ち込む結果になりかねない。

心にあげる栄養の種類は、人によって違うけれど、自分の心がどんな栄養を必要としているかを知っていれば、恐くてつぶれそうになった時でも、なんとか元気になれると思う。
そのために、色々な栄養素を準備しておかないとね。


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